#8月31日の夜に 我が家のはなし

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夏休み終わりに近づくと、憂鬱さが増す。
宿題が終わってない、というのはまだいい。
それは、学校に行くという前提の悩みだから。
そもそも、あの学校に戻らなければいけない、と思うと死ぬほど嫌だ―

そんな思いがありますか?

青少年の自殺が最も多くなる9月1日に備えて、学校だけでなく、大人も必死です。
いじめや不登校は、当事者は言うまでもなくつらい。
でも、その周りにいる家族や大人もつらいのだ。
私も、自分の娘が小6でいじめというものを体験したとき、本当に辛かったです。
コノヤロー!うちの娘になにすんだぁ!
って怒鳴ってやりたいけど、そうもできず。
その衝動を抑えるのもつらかった。
(おかあさん、やめてぇ・・・という声がする・・・母は危険物ですな)

いやいや、それだけじゃない。
すっかり自信を失って、何と言いましょう、生きる気力を失ってしまった彼女の隣にいて、
本当に悲しかったです。
彼女の話を聞いて、私も一緒に傷つきました。

たわいもない悪ふざけだったかもしれない、
でも結果として、彼女は、繰り返しダメ扱いされ、馬鹿にされ、
すべての気力を失っていたような感じでした。

私もあまり思い出したくはないですが、

どうして、そんなこと言うの?
どうして、誰も助けてくれないの?
どうして、そんなに人を見下げるの?

ひとつひとつの行動に、そう言い返したくなるようなことがたくさん積み重なっていました。

私たちはフツーに無意識のうちに悪いことを言います。
自分に都合が悪いと思えば、見て見ぬふりをして通り過ぎ、
いつも、心の中では、どちらが上か下かを計算して、
上だと思えば優越感にひたり、人を見下し、時にいたぶり、
下だと思えば、こびへつらい、時には劣等感にさいなまれる・・・

本当に性根の悪い生き物だと思います、人間というのは。

私も含めて・・・ね。

だから、「いじめをなくそう!」と声高に叫ばれても、
いじめは一向に減らないし、不登校の割合も減りはしない。
きっと、いじめは、私たちみんなの心の中に潜むきわどい問題なんだ。
私はね、教育関係者には悪いんだけれど、たぶん、いじめは絶対になくならないと思っている。
悪を根絶することなんて、できっこないよ。
みんなが善人、仏のよう・・・ってたぶんあり得ないと思う。
大人の世界にだって、いじめはあるし、そんな大人が一体、何を教えられるんだ?

でも、いじめは撲滅できなくても、君は強くなって、幾倍にも大きく成長して、きっと乗り越えていけるようになれる。
いじめのほかにも、いろんな問題だらけだ。私たちの人生というのは。
悪をなくすことや悪に立ち向かうことよりも大切なのは、自分がしっかりと立って生きることができるようになることなんじゃないかな?

娘は、9月1日に学校に行けました。
「いじめられて嫌だったら学校行かなくてもいいから、ぜえったい死ぬなよ!
生きていれば、続きがあるから」
夏休みの終わりくらいから、そんなことばっかり言っていました。
「しなないよ!死にたくないわ」と彼女は言ってましたが。
心の底では何を思っていたのか・・・
8月の終わりの空気は、重かったです。

まあ、9月1日から学校にはちゃんと行けましたが、嫌がることもしばしば。
どうにもならなくて、2学期は休むこと時々。
低空飛行な小学校生活でした。
本人曰く、あまり思い出したくない、ダメダメな小学校生活だったとか・・・。
こんなことブログで公言してゴメンナサイ。

でも、もしかして、同じように悩んでいる人がいて、これを読んだら何かの足しになるかもしれないから、
夏休みが終わる今、みんなに伝えておこうよ。
低空飛行でも、いいじゃない。全然わるくない。
高く飛べなくても、低空飛行なら低空飛行なりの、美しい景色が広がってくるよ。
親である私は、娘が生きてくれればまずは幸せ。かけがえのない存在ですから。
加えて、どこにいて、何をしていてもいい。
生きていることを感謝して、喜んで生きてくれたら、それがいちばんです。

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