遠くの愛と平和より、近くの愛と平和を

あんまりTVを見る暇がなくて、世間ずれしているのではないか…と心配な山田です。

あと10日で、米国・大統領にトランプさんが就任、SMAPは解散、だってことぐらいは知っているけど。

ニュースは、ラインとかで済ますことが多いです。

海外事情は、BBCNews よく読みます。

(あ、もちろん、日本語で。)

今年も、シリア問題にとっても心が痛みました。

アレッポの町の様子 http://www.bbc.com/japanese/video-38337504

今週、和平が成ったということで、新しい局面に入ったと報道されています。

この地に平和がおとずれるように、そこに住んでいる人が、戦争の恐怖から一日も早く解放されるようにと祈らずにはおれません。

とまあ、祈るのはいいけれど、そんな自分に問題を感じないわけではありません。

遠くの平和を願うことは、やさしいのです。

また、なんだか自分が立派な人間になったみたいな気がして、悪い気もしない。

でも、それだけでは、平和を生み出す努力としては不十分だと感じるわけです。

あなたに出会った人が明るくなって帰ることができるように

20世紀の聖人にして、ノーベル平和賞も受賞しているマザーテレサは言っていました。

「あなたは、カルカッタの町に来て働かないとだめ、ということはないのです。あなたの身の回りで出来ることがないか、よく考えて。」

「親切で、いつくしみ深くありなさい。

あなたに出会った人が誰でも、前よりも気持ちよく、明るくなって帰ることが出来るようになさい。

親切があなたの表情に、まなざしに、微笑みに、温かく声をかける言葉に、表れるように。」

大切なのは、今、ここでの愛し方と、平和を生み出す努力だということです。

私が今日、出会った人が明るくなって帰ることができるようにするなんて、ささいな事かもしれません。

けれども、このようにして、ひとりひとりから生まれる愛と平和しか、世界の平和を生み出さないと言うのも、紛れも無い事実でしょう。

聖書も言っています。

「平和をつくる者は幸いです。

その人たちは神の子どもと呼ばれるから」(マタイの福音書5章9節)

そんな、私になりたい、と思う昨今でした。

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